「酒は百薬の長」という言葉もある通り、適量のアルコールの摂取はむしろ体に良いという話を聞いたことがある方、信じている方も多いのではないでしょうか?基本的に飲酒が好きな方、すでに飲酒の生活習慣がある人はこの考え方の賛成派だと思います。
一方で、最近ではアルコールは少量でも体に悪いという話も耳にするようになりました。つまり、飲酒はしないが一番良いということを言っているのだと思います。下戸の人や飲酒習慣がない人には基本影響がない情報かもしれませんが、適量のアルコールを飲む方や飲酒が好きな方にとっては聞き逃すことができない情報なのではないでしょうか?
筆者自身も普段はお酒を飲む機会もほとんどなく、お酒を飲まないよりも適量のアルコールを摂取するというのは本当なのか?という疑問が出てきました。今回もその真意を探るべく、一次情報までさかのぼって考察してみたいと思います。
「酒は百薬の長」というのは本当なのか?
まず初めに、適量(一般的には1日純アルコール20g程度といわれることが多い)の摂取が体に良いという主張の根拠を調べてみました。
わが国の男性を対象とした研究(1999年7月)では、平均して2日に日本酒に換算して1合(純アルコールで約20g)程度飲酒する者が、死亡率が最も低いとする結果が報告されている。。。。欧米人を対象とした研究を集積して検討した結果では、男性は1日当たり純アルコール10~19gで、女性では1日当たり9gまでで最も死亡率が低く、1日当たりアルコール量が増加するに従い死亡率が上昇することが示されている(一部抜粋)(Holman CDJ, et al. MJA 164: 141-145, 1996)
アルコール|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
厚生労働省の健康日本21(アルコール)の中で、(少し古いデータにはなりますが)諸外国を含む1996年から1999年の研究結果に基づくと、確かに最大で1日当たり純アルコールで20g程度で死亡率が低いという主張は一定の合理性があると思われます。気になった点としては、日本人は欧米人と比較し遺伝子的にアルコール耐性が弱く(下記参照/東京国税局/お酒に関する情報)、欧米人の調査結果を基準とするには少し違和感を覚えたこと、加え、日本人を対象とする調査結果では「平均して2日に日本酒に換算して1合(純アルコールで約20g)程度」とされていたこと、の2点となります。つまり、平均的にアルコール耐性が弱い日本人は1日当たり純アルコールで20gではなくその半分程度の基準に設定したほうが良いのでは?という印象を持ちました。
お酒が強い人と弱い人の差は、このALDH2型の酵素の活性遺伝子の型によると言われています。
◆NN型・・・・ALDH2型の正常活性遺伝子型(お酒に強い)
◆ND型・・・・NN型の16分の1の活性しかない遺伝子型(ある程度は飲める)
◆DD型・・・・ALDH2型の活性のない遺伝子型(ほとんど飲めない)※
女性の場合は、女性ホルモンが酵素の働きを抑制するため分解力が弱くなるといわれています。
※「ALDH2」不活性型の割合(一部抜粋)
テーマ02 「あなたはお酒が強い人?弱い人?」|東京国税局 (nta.go.jp)
- 日本人・・・・44%
- ヨーロッパ系白人・・・・0%
- 北アメリカインディアン・・・・0~4%
上記情報によると、日本人の約半数の方がALDH2型の酵素が不活性、つまり、アルコール耐性がない、ということを示しております。この調査結果は少し驚きました。もちろん日本人の中でお酒は飲めないという方が一定程度存在するのは認識しておりましたが、約44%の人がアルコール耐性がなく、飲酒は控えたほうが良い体質の可能性があるというのは少しイメージとギャップがありました。というのも筆者が参加した飲み会で飲酒NGという方は2割程度位でした。
一方で、欧米の方はほぼ全ての人がALDH2型の酵素が活性しており、アルコールの毒性を排除できるため、飲酒の習慣は自然といえそうです。そのような遺伝的な差異による大きな前提の差異は、日本人の飲酒習慣の健康リスクを正しく判断するにあたり、加味すべきだと筆者は強く感じました。
日本人を対象とした研究結果でもう少し新しい情報がないか調べてみましたところ、2005年の多目的コーホ研究から適量飲酒をサポートする結果が公表されておりました。
- 男性ではエタノール摂取量が週300g未満(日本酒で1日平均2合未満)ではがん全体の発生リスクは高くならない
- 男性に関し、エタノール摂取量300-449g(一日平均2-3合)の人は飲酒しない人に比べがん全体の発生率が1.4倍、週450g以上(1日平均3合以上)の人では1.6倍と、がんの発生リスクが増加
- 男性の12.5%のがんは、週当たりエタノール量300g以上(1日2合以上)の飲酒を防ぐことにより予防できる。
- 女性については影響が明らかになっていない
- 飲酒と喫煙の交互作用あり
厚生労働省研究班による多目的コホート研究(2005年)
こちらの報告では、1日1合(20g程度)よりも多い飲酒量である1日40g程度でもがん全体の発生リスクは高くならないと結論づけられており、逆にいうと、1日1合程度であれば問題ないという評価を示しておりました。また、女性に関しては男性と異なりエタノール摂取量と発がん性リスクの相関を示す結果となっておりませんでした。加え、アルコールから組成されるアセトアルデヒドがたばこ由来の発がん性物質(N-nitoros compounds等)を活性化することから、飲酒と喫煙をする人の発がん性リスクは高い結果を示しておりました。
また、日本人は遺伝的にアルコールを分解できない人が多い割には、研究結果が楽観的なものであり、かつ、女性については発がん性リスクとの関係性を示せいないこともあり、研究結果の信頼性に少し疑問が残りました。ALDH2型の酵素が不活性の人を検査対象の44%程度、母集団に入れているのか?と。もちろん無作為に研究対象を抽出することでその前提も回収されているという考え方にも一理あるのかもしれませんが、ALDH2型の酵素の活性の有無を確認していない場合調査結果が偏る可能性もあるように感じました。
節度をもった飲酒であれば確かに危険性はなさうだね
女性への影響が不明という評価は少しきになるわね。喫煙している人は禁酒が必要ね
アルコールの危険性
次に、アルコールは少量でも危険である主張の根拠をサーチしてみたいと思います。
まず、アルコールが体内に入ると、肝臓でまず「アセトアルデヒド」という物質に分解されます。この物質は極めて毒性が強く、顔面や体の紅潮、頭痛、吐き気、頻脈などの不快な症状を引き起こします。この「アセトアルデヒド」(アルコール飲料)はIARC評価でグループ1(ヒトに対して発がん性がある)と評価されております。
国際がん研究機関(IARC)の概要とIARC発がん性分類について:農林水産省 (maff.go.jp)
アルコール飲料は最も危険順位が高いグループ1(ヒトに対して発がん性がある)に属するものとして認定されており、人体への毒性は強いと捉えたほうがよさそうです。人間に関して発がん性物質の重要な影響を示すことが立証されており、かつ、動物実験においても発がん性が立証されていることから、アルコール飲料については細心の注意を払わないといけなそうです。ちなみに本件とは関係ないですが、グループ1で例示されている”アフラトキシン(ナッツ類から発生)”や”ベンゼン”(安息香酸ナトリウムから分解)に関しては、別回にて考察していますのでもし良かったらそちらの記事も読んでみてください。
また、厚生労働省の生活習慣病予防のための健康情報サイトの中で「アルコールとがん」に関して、次の記載をしていました。
世界保健機関(WHO)は、飲酒は頭頸部(口腔・咽頭・喉頭)がん・食道がん(扁平上皮がん)・肝臓がん・大腸がん・女性の乳がんの原因となると認定しています。アルコール飲料中のエタノールとその代謝産物のアセトアルデヒドの両者に発がん性があり、少量の飲酒で赤くなる体質の2型アルデヒド脱水素酵素の働きが弱い人では、アセトアルデヒドが食道と頭頸部のがんの原因となるとも結論づけています。
アルコールによる健康障害 | Alcohols | e-ヘルスネット(厚生労働省) (mhlw.go.jp)
アルコール飲料水(エタノール及びその代謝産物のアセトアルデヒド)に発がん性があり(IARC評価でグループ1)、特にアセトアルデヒドを分解する酵素の働きが弱い人(少量の飲酒で赤くなる体質)は食道と頭頸部のがんの原因となることがわかりました。
今までのサーチからわかることとしては、過去の研究結果では、アルコールの適量の摂取が発がん性リスクを上昇させない結果はある(直近データでは女性については判定不能)ものの、その前提は発がん性物質であるアルコールやその代謝産物であるアセトアルデヒドを分解する酵素の働きが強い人が対象であり、従い、その酵素の働きの弱い人(日本人の約半分はALDH2型が不活性)は少量でも発がん性リスクが高まる可能性があるということです。
アルコール飲料水がグループ1(発がん性あり)なのは初耳よ。
アルコール耐性の強い人も本当に適量のアルコール摂取が良いのか?また、男女での調査結果が有効な研究結果で最近のものがないのか?を探るべく、もう少しサーチしてみました。
公益社団法人アルコール健康医学協会が2018年のLancet記事を纏めたものは以下の通りです。(一部抜粋)
- 適量飲酒が身体に良い影響があるかについて、一致した見解が得られていない。そこで、世界 195 カ国における 1990~2016 年の研究を統合し、飲酒による疾病負荷を網羅的に検討
- 年代別に見ると、15-49 歳では飲酒は死亡の男性 12.2%、女性 3.8%に寄与しており、結核、交通外傷および自傷との関連が強かった。
- 50 歳以上では死亡の男性 18.9%、女性 27.1%に寄与し、がん死亡との関連が強かった
- 飲酒量増加が関連疾病につながる相対リスク(動脈硬化やがん等を合わせ、重みづけ平均を取ったリスクを DALY で評価)への影響は直線的で、リスクが最小の飲酒量は「ゼロ」であることが示された
- 結論として、健康へのリスクを最小化する飲酒量は 1 日 0 杯で(95%の確率で 0~0.8 杯)で、飲酒量とリスクの関連は直線的であることが示された
(掲載雑誌)Lancet. 2018 Sep 22;392(10152):1015-1035. doi: 10.1016/S0140-6736(18)31310-2.
https://arukenkyo.or.jp/book/all/pdf/a15/18-035.pdf
飲酒につきましては様々な研究結果が示されており、長い考察となってしまいましたが、必ずしも「酒が百薬の長」が正しいとは言えないこと、むしろ多くの日本人にとってはミスリードするメッセージとなっていたことがわかりました。また、飲酒により赤くなる体質の人、50歳以上等、明らかに飲酒が健康リスクを阻害するケースもあり、基本的にがんを含む病気への罹患リスクを最小化する、つまり、健康寿命を延ばすためには、飲酒量はゼロが推奨(飲んでも偶に少量なら可能)されることを確認することができました。また、アルコール耐性があり、飲酒が大好きな酒豪勢に関しても、日本人に特化した研究結果である「平均して2日に日本酒に換算して1合(純アルコールで約20g)程度」を参照し、「平均して1日純アルコール10g程度」が望ましいと結論づけたいと考えております。
健康面からはアルコール摂取ゼロが推奨されるんだね
私はアルコール耐性あるのでたまには飲もうかな
以上、今回の考察の結果わかったことは次の通りです。
(参考1)農林水産省/IARCによるヒトへの発がん性評価から抜粋
国際がん研究機関(IARC)の概要とIARC発がん性分類について:農林水産省 (maff.go.jp)
- グループ1:発がん性がある
- グループ2A:おそらく発がん性がある
- グループ2B:発がん性がある可能性がある
- グループ3:発がん性については分類できない
(参考2)厚生労働省/eーヘルスネット/各酒類ドリンク換算表
飲酒量の単位 | e-ヘルスネット(厚生労働省) (mhlw.go.jp)